電子レンジでチーン

今どきの電子レンジはチンといわない

ビタミンとミネラルが必要

人が食事をしている時の音が気になる。
クチャクチャ音を立てて食べるのが嫌なのは誰もそうだけど、硬いものやスナック菓子を食べてるときのバリバリという音、麺類や汁物をすする音。
フォークとお皿がぶつかる音、皿を重ねるガチャガチャした音。
口を閉じて食べていても、食材そのものの音がすごく気になって、イライラしてくる。

人と食事をするのがそもそもとして苦手なのもあるし、最近は笑えてくるくらい小さなことで眉間にシワを寄せている毎日。
たとえば瓶詰めの蓋が開かないだけで発狂するくらいブチ切れている。


うまく自分をコントロール出来ないので、人との距離感が分からない。そのストレスや、日々暮らしている中で発生する苛立ちであるとか、そういったものが蓄積される。
発散法は食事。
子供の頃は、父親が太った人が嫌いで馬鹿にしていたこともあり、自分の好きなものを好きなタイミングで食べることが出来なかった。それは大人になった今もそうで、間食をしているところを人に見られるのが怖い。
正直自分は痩せている訳では無い。だから余計に怖いのだと思う。

日々そんな感じだけれど、コンビニやスーパーで少し多めの食料を買い込み、ネット通販でもお菓子やカップ麺を買い、1人でかくれてこっそりモソモソと食べる。

非常に醜い姿だと思う。
ジャンキーなもので満たされた胃袋と、良質とは言えない脂が口の中から食道までコーティングされて、充足感はあれどそれと同時に虚しさが残る。

無茶食いすることでしかストレスを発散出来なくて、こんな大人になって、自分の人生はもちろん存在までも浅く感じる。

存在意義をずっと求めていたけれど、自分の価値や意義は思っているほどないのかもしれない。
開き直れば楽になるかと言えば実際そうではなくて、やはり達観しきれていない部分があるのかただ悲しくなるだけだった。

それでも立ち止まってはいけないし、立ち止まってる時間もない。
明日になれば子供のご飯をつくり旦那の機嫌を損ねないよう、精神力を摩耗させる不健全な生活が待っている。


生きていて楽しいとか楽しくないとか、そんなのはもちろん楽しいわけがない。
しかし生きている意味がなければいなくなる理由もないのかもしれない。
立ち止まっていなくなる選択をする暇もないのだ。